ブログを御覧いただきありがとうございます。
津軽三味線奏者の佐藤壽治です。
津軽民謡界のふしぎ、民謡界の疑問について書き始め、まずは団体について書きました。
団体についてはまだまだたくさん書きたいこと、期待することがあります。それは書く気になったら書こうと思います。
書くスタイルとしては疑問に思う事を書いて、自分の意見を次に書いてのスタイルがいいのかなと思ってます。
疑問についても、意見についてもいろんな考え方はあると思います。
コメントをもらってもいいですが、わたしは相談所を開設しているわけではないので、返信がなくても気を悪くしないでくださいm(_ _)m
さて、今日の記事は民謡界について変じゃない?と思う事です。
わたしは津軽三味線教室を開講しています。
その際に譜面を使うようにここ15年で変えてきました。
以前は譜面は存在せず、必要なのであれば個人個人で採譜してもらってました。
採譜することも勉強であり、お稽古でもあります。
採譜することで理解が深まったり、間違いを正すことが出来ます。
譜面って便利ですよね。
とても便利ですし、もっともっと広まればいいと思うんですが・・・広まらないんですよ、コレが。
理由は「流派を守る」ためなので仕方ないんですけどね。そう、流派って大事です。
始まりは個の考え方、意志なので合う合わないあって当然なのですが、賛同や共感できるなら素晴らしいものなんです。だから守らなくちゃならないんですが、今の時代とは合ってない部分もあるんですよね。
流派が盛大に盛り上がっているところって何か所あるんでしょ?
どこの流派も繫栄してるでしょうか?
もしかして、そろそろ消滅しかかってませんか?
民謡ブームだった頃の感覚でいたらダメな事もあるんですよ。
そこへきて譜面などの教材流出を目くじらたてて怒るひとがいます。
著作権の侵害だ!なんて事もわかるんですけど、いつのまにあなたは著作権をとったんですか。
誰の許可を得たんですか。
地元の人も理解されてるんですか。
不思議ですよね。
話が少しそれました。
譜面保守をそろそろやめないといけません。
譜面はあくまで構成だけを示しているものです。
心や風情をしてしているものじゃありません。
福井なら福井の風土。
津軽なら津軽の風土を譜面に現すことはできません。
ということは、そこに住む人たちの顔や温かみは伝えることは出来ないんです。譜面ではなく教えているひとが伝える以外に、民謡という音楽の根源は伝えることが出来ないんです。
ただでさえ不完全なものなのに、それをさらに不完全にしようとする動きもあります。「本当ならこうやって演奏するんだけど、盗られちゃ嫌だからこの手は隠しておこう」なんて考えですね。
そんな事考えるまでもなく、同じにはなりません。
こっちがどれだけ説明しても伝わらないものは伝わりません。
譜面に書いたところで伝わらないんですよ。
ハジキひとつ入れるのでも意味があるんですけど、意味までは伝わりませんよ。目の前で見せて、説明して、やってもらって、訂正してあげて、最後は舞台に立って体験してもらって、ようやくぼんやりと見えるハジキってものもあるんです。
書いてあるのは記号ひとつですけど、そこまで深読みをみんなしてくれるわけじゃないです。音の強弱やテンポのゆらぎ、溜めなど表現は書けないです。
書けないのは分かってると思うんですよ。書けないのは分かってると思うんですけど、書くと奪われちゃうと思うんでしょうね。だから書かないし、隠すわけです。そんな簡単に奪えるわけないですよ。
譜面なんてのは広がってなんぼだと思います。広まった末に、疑問をもつひとが現れます。ほんの一握りもいないかもしれませんが、譜面に欠けているものに気付く感性の持ち主はいます。
その感性の持ち主を探すのが、後継者探しになるんじゃないでしょうか。
その感性の持ち主が今後の民謡界を支えてくれるひとじゃないでしょうか。
譜面はそのための道具です。
行き着く先を照らす灯台の役目は流派。
道筋を教える案内役は師匠や門下のひと。
道の土台が譜面。
土台だから大事だろう、とも言えますが道は道です。
その道にどんな思いが込められてるのかは、道を見ただけではわかりません。
実際の道路だってなんでここに通っているのかは、歴史をたどり、記念碑や文献を眺めて、そして建設設計した当事者から聴いて始めて分かるものです。
地図を眺めているだけで旅行は出来ないのと一緒です。
目の前にある譜面はどこか欠けた存在なんですよ。
譜面を販売など頒布している流派も存在します。すごく良い事だと思いますが、「地元の人間はここにコダワル」という内容まで書いてある譜面はありませんね。そこんとこを詳しく表してるような譜面があると・・・いいんだろか、わるいんだろか。譜面については渡すのがいやなら適当に値段付けて売ればいいという感覚でいいと思います。
門外不出的な考えは今後は薄めていく方がいいですし、演奏する側も私の曲です!的な考えも強調しないようにした方がいいと思います。
ではまた。
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