授業から得られるもの

ブログを御覧いただきありがとうございます。

津軽三味線奏者の佐藤壽治です。

 

わたしが小学校の頃に、道徳という授業がありました。

良い授業内容を受けたという記憶があるのですが、うちの子供たちの時にはなかったようです。

 

その授業の中で、記憶に残っているのが「自由と責任」という内容。

子供の頃はこの授業の内容を

 

『完全な自由はこの世には無い』

 

と理解したのを覚えています。

 

どの世界を見ても必ず制約というものがあり、生きていくための行動をするだけでも、果たさなければならない事が存在するのは誰でも知っています。

 

でも、可能な限り嫌な想いをする部分を少なくして、幸せと感じる部分を多くしたいので、あれこれと画策するわけです。

その画策が「責任」部分に当てはまり、得られた成果が「自由」となるわけです。

 

 

 

自由に三味線を弾きたいなぁ・・・

 

 

 

そう思った時には

 

①近所に騒音問題は発生しないか?

②演奏するための楽器は手に入れられるか?

③練習する時間は取れるか?

④知識を得るための教材や人物は見つかっているか?

⑤家族への騒音への理解は得られているか?

などなど・・・

 

と、永遠に続くような問題が、あれこれと浮上していきます。ここが「責任」部分です。

「自由」に弾くためにはまだまだ出てきます。

 

⑥道具は正確に操れるか?

⑦出てきた音を正確に操れるか?

⑧自分が自由と感じている旋律は見つかっているか?

などなど・・・

 

弱ってきましたがまだ出てくるんです。

やはり音楽ですからそれなりの規則を守らないと楽しめないものです。

 

⑨音階、音感は確かか?

⑩リズム感はあるか?

 

そして、

 

⑪あなたを理解してくれる仲間はいるか?

 

・・・だんだんへこみますね。

 

 

 

 

 

 

なんで道徳の授業は無くなったんでしょう?

お稽古にも通じ、世の中の条理を表した良い授業なのに。

不思議です。

今日も1日がんばりましょう。